【ジュリー・アンドリュース  Julie Andrews の魅力】
※ Julie Andrews and Dog H702

前回は、10代初め頃には生まれ故郷で英国BBC放送(日本のNHKに相当する公共放送局)のレギュラー番組への出演、米国では歌やダンスが欠かせないブロードウェイ・ミュージカル、また、歌も踊りもないヒッチコック監督のスリラー映画にも出演・・・等のお話でしたね。
確かに、彼女には観客を楽しませる才能があると思います。笑いをとるコメディも大丈夫という印象を私が持ったのも、いろんな出演作で見せる彼女の表情や動きに、演技以上の何かを感じていたからです。 おそらくそれは、演技は勿論、歌やダンスへの努力の積み重ねによる自信に裏打ちされた彼女の心の余裕から生まれるものなのでしょう。そして、その基礎となったのが、観客の反応が即座に判るブロードウェイでの長い経験だと思います。

では、ジュリー・アンドリュースの一面って・・・コメディエンヌ!? まずは証拠のひとつをご覧下さい。 一人三役のバラエティ番組・・・かなり昔の映像で不鮮明ですが、この際、画質や音質には目をつむって・・・おっと、耳もつむって、そんなジュリーをお楽しみ下さい。

卑怯者の勲章 The Americanization of Emily (アーサー・ヒラー監督 1964年 MGM映画)
※ The-Americanization-of-Emily 卑怯者の勲章 H700
卑怯者の勲章は、第二次世界大戦も終わりに近くなったノルマンディ上陸作戦で、無意味で危険な任務を命ぜられたことで起こる戦争ラブコメディです。(ジェームズ・ガーナー主演)
戦争が怖くて嫌でたまらず、危険が少ない任務を求める臆病なアメリカ海軍士官 マディソン少佐役のガーナーと名誉や伝統を重視する英国軍人 エミリー役のアンドリュース、彼女は彼の臆病なところがどうにも気に入りません。 まるで異なる価値観を持つ二人!   しかし、そんなマディソンの人柄に惹かれはじめるエミリー。そこに、マディソンへのとんでもない任務が! そして、銃弾の飛び交うノルマンディの戦場で足を取られてバッタリと倒れ込んだのを "勇敢な戦死"とされ、軍隊の広報活動によって英雄に祭り上げられてしまった。
マディソン自身は自分をドイツ軍の砲火に怯え、逃げ出したことで命拾いした卑怯者と恥じている。これに耐えかねて事実を公にしようとするマディソン少佐(チャーリー)、一方、マディソンを愛してしまった名誉と栄光を重んじるエミリー・・・この後、どうする?
 (※ 私のコメントは、以前にもお伝えしたように映画のあらすじを述べるものではありませんので、ご承知下さいね。)
エンディングについては、映画を見てもらいたいので言わないでおきます。 ヒントは、原題の"The Americanization of Emily"・・・エミリーのアメリカ化。 エンディングは意表を突いたものでしたが、皮肉を込めた反戦映画と言われたこの映画が、由緒ある賞にノミネートされたのもうなづけます。でも、コメディ!として分類されているんですよね。

それと、もうひとつご紹介したいのが、この映画の挿入歌でジャズ・スタンダードの名曲となっているエミリー Emily(ジョニー・マンデル Johnny Mandel 作曲)です
フランク・シナトラはじめ多くの歌手やジャズ・ミュージシャンが取り上げていますが、ここでは映画のシーンを織り込み、ジャック・ジョーンズでお聴き下さい。(※ジョニー・マンデルは同年公開の『いそしぎ』 The Shadow of Your Smile の作曲者で、アーサー・ヒラーは『ある愛の詩』の監督です。)

また、この映画はジュリー・アンドリュースにとって、唯一の白黒映画です。そして、この映画で共演したジェームズ・ガーナーも彼女同様、この作品がお気に入りだと話し、その後、二人は映画版『ビクター/ビクトリア』Victor Victoria (1982年 MGM映画)とテレビ映画の『One Special Night』(1999年放映)で共演していることは前回でも触れました。
なお、前年1963年に公開された『大脱走』でジェームズ・ガーナーと共演したジェームズ・コバーンも同僚士官として出演しています。(コバーンと一緒のノルマンディー上陸シーンの撮影中、ガーナーは肋骨を2本折っていますが、不幸中の幸いにもその日が撮影最終日! でも、そのお陰で治療に専念できたのかは・・・?です。)

モダン・ミリー Thoroughly Modern Millie (ジョージ・ロイ・ヒル監督 ユニバーサル映画 1967
※ 1967 julie-andrews-thoroughly-modern-millie 001
これは、ストーリー無視で楽しめるミュージカル! ジュリー・アンドリュースダンス、それに1920年代のモダンな彼女の衣装も見ものです。(※ダンスと衣装・・・メイキング映像です。)
この時代は "Roaring Twenties" (狂乱の20年代)と言われ、1929年ウォール街の大暴落までの活気ある時期でした。田舎から憧れのニューヨークに出て来た、やる気満々のミリーを中心に繰り広げられるドタバタのミュージカル・・・明るく元気な女の子が、さらに徹底的にモダンガールに変わっていきます。メリー・ポピンズやサウンド・オブ・ミュージックのジュリーとは、また違った魅力があります。その一部を写真で紹介しますので、是非DVDで見て下さいね。なお、監督のジョージ・ロイ・ヒルとは、前年公開の『ハワイ』でも一緒に仕事をしています。 そして、ヒル監督と言えば『明日に向かって撃て!(1969年公開)』『スティング(1973年公開』『華麗なるヒコーキ野郎(1975年公開)』などの作品で有名ですね。 (※石原裕次郎が出演したのは『素晴らしきヒコーキ野郎』ですから、お間違え無きように(笑)。)
※ Thoroughly modern millie  ②-1
※『モダン・ミリーは米国の一部劇場では6チャンネル・ステレオ音響の70mmフィルムで上映されました。撮影が35mmネガ・フィルム!ということは・・・当時、ミュージカル映画等を本格的な立体音響で上映する手法とつとして、35mmから70mmポジ・フィルムにブロー・アップ(拡大プリント)して6本のサウンドトラックを確保したのです。また、35mm映写機の劇場用には、光学式モノラル付き磁気式4チャンネル・ステレオのプリントがリリースされました。磁気再生機器に、万一トラブルが発生した場合でも取り敢えず音は出せますね。(笑) その後、音響はドルビーシステム、さらにデジタル化!もう70mmでなくも・・・。
撮影時に大型ネガフィルム (65mm)を使った『サウンド・オブ・ミュージックとブローアップの70mm版の『モダン・ミリー、あるいは、35mmのリリースフィルム同士であっても、70mmからの縮小版と35mmで撮影されたものとでは、画質に差が出たかと思います。一般的には前者が有利です。(モダン・ミリーが日本で70mm版で上映されたかは、当方に資料がないため不明です。)
 
【映写室・・・懐かしいフィルム映写機あれこれ35mm・70mmフィルム・・・ちょっと長い道草をします。
35mm版と比べ、高額な70mmプリント・・・ロードショーが終われば、日本に限らずその後は特別の事情がない限り、元々70mmの旧作品も35mm版で上映することが多かったようです。
観客数増大を図るためとは言え、70mmと35mmの映写機をそれぞれ揃えるのは、設備費や設置スペースの点でも大変ということから、フィルム走行部分の部品交換で両方のフィルムが扱える映写機もありました。しかし、映写技師さんの35mm/70mm切り換えやフィルムセットの作業は、実際に横で見ていた私には冷や汗ものでした。その理由・・・その日の映画は70mmと35mmの2本立てだったからです。わずかな時間での作業!次の映画を予定通りスタート出来るのかしらと・・・初めて見る複雑な作業の先が見えない素人の私が持った不安は分かりますよね。 でも、さすがに映写技師さんはプロ! 何事もなかったかのように次の映画が始まりました。
※その時の映画はスティーブン・スピルバーク監督作品『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(Indiana Jones and the Temple of
Doom) 35mmネガから70mmへのブローアップ・プリント、そして、もう1本がスポックを演じるレナード・ニモイの初監督作品『スタートレックⅢ ミスター・スポックを探せ!』(Star Trek Ⅲ: The Search for Spok) 35mmプリントでの上映でした。(1984年)

それから数年の間に、フィルムセットの回数を減らすため、数巻をつないだ長尺のリールをセットしたり、最終的には映画1本を全部つないで、円盤状のテーブルからフィルムを送り出し、映写後は別の円盤に巻き取る等の改善がなされて来ました。フィルム時代に映画三昧の映写技師っていい仕事ですね、なんて言おうものなら苦笑いしながら否定されましたが、何でもボタンひとつのデジタルの時代・・・今では映写室も様変わりしたでしょうね。最新のデジタル映画館の映写室・・・残念ながら私はまだ見ていません。

【少しの間、 フィルム映画時代の技術のお話しをします。】・・・興味のある方はどうぞ。
※①H700 Phillips-DP70-dual-gauge-35&70mm-projector
左端は35mm版『大地震』(センサラウンド再生)の上映前の映写機(私が撮った写真です。) 当時は、それぞれ1巻のフィルムをセットした2台の映写機を交互にに切り換えて上映しました。セットしたフィルムが終わりに近づくと、スクリーン上に現れる映写機切り換えの目印を合図に手動で切り替えていましたが、その後ほとんどの映画館で、Changeover Systemという自動切換装置を使うようになりました。なお、大地震の音響効果センサラウンドの概要本ブログ 2016年3月19に少々述べています。
  

と同じ標準的なリールの映写機。 はフィルム・セットや映写機の切り換え回数を激減させた大型リールを追加装備した映写機。標準リールのカバーも残っています。但し、リールの大小にかかわらず、1巻が終了するたびに巻き戻し作業が必要です。また、こんな巨大リールに巻いたフィルム・・・映写機にセットするのは専用のリフターを使えますが、配給会社にこのままでは返却出来ないかと思います。(笑) 数巻のフィルムを1本に繋くごとで上映時が楽になる代わりに、映写技師は上映前にフィルムを繋ぐ作業と上映期間終了時にこれを切り離して元通りにする作業が必要になります。

はひとつの映画を丸ごと1本につないで、しかも巻き戻し不要のプラッター・システムを使った映写機です。 シネコンのような同じ建物内では、1本のフィルムで同じ映画を複数のスクリーンに上映することも可能でした。フィルムが次の映写機に届くまでに多少の時間差はあるものの、大きな劇場での収容人員分を小規模でも複数劇場で同時上映することで確保できますね。
この手法が日本でどの程度利用されたかは知りませんが、フィルム時代の技術面からのお話としてお聞き下さい。
⑥⑨は、1台で35mmと70mmの両方のフィルムを映写できるフィリップスDP70です。 は本機のマニュアルの一部で、光学式サウンドトラック35mmフィルムのセットを
破線- - - - 、磁気式のフィルムを実線で表しています。 従って、では35mm光学式のフィルムがセットされていることも分かります。

の上段の35mmフィルムはチャールトン・ヘストン主演の『十戒』、下の70mmフィルムはオードリー・ヘップバーン主演の『マイ・フェア・レディ』がプラッター・システムにセットされています。そして、70mmが先に上映されることも分かります。
このシステムでは、内側からフィルムを引き出して映写機に送り、映写されたフィルムは別の円盤の中心部に巻き取られるため、従前のような巻き戻しは必要ありません。 上映中は、どちらの円盤もフィルムの速度に合わせてゆっくり回転(巻き取り側には張力に滑り機能を持たせてフィルムの損傷を防止)しています。昔のカーステレオやカラオケで使われていた8トラック・カートリッジのエンドレステープを思い浮かべた人! かなりご高齢ですね!?  エンドレスかどうかは別にして、発想は同じです。よく考えたものですね。えらい!
そして、デジタル化された映画館では、
そういった機器どころかフィルムも不要となりました。 映像や音響等のデータさえやり取り出来れば、同じ建物内のシネコンは勿論、隣り町の映画館でも同時上映が出来ますね。・・・そうか、将来、自宅の再生機器にデータを送ってもらえれば、小規模な映画館になりますね。 エッ? 何を今さらって? デジタル放送やインターネットでの映画配信、前からやってる? な~んだ! もう現実なんだ !!  これからもっと、しかも一気に進歩するでしょう。
(※テレビの映画劇場・・・勿論有難いですが、ノーカット版でなければ、やはり不満が残りますね。2時間を超える映画がCM付でほぼ2時間に収まってる多くの民放地上波デジタル放送・・・一体どこをカットしたんだ? ディレクタース・カットなら許せるけれど・・・と言いたい映画ファンの私です。) 

スター!  STAR!】(ロバート・ワイズ監督 1968年公開 20世紀フォックス映画)
※H700  Star Julie for net
この映画でジュリー・アンドリュースが、サウンド・オブ・ミュージックで一緒に仕事をしたロバート・ワイズ監督と、再び楽しいミュージカルに取り組んだことは嬉しいですね。
しかも、撮影は前作同様、65mmネガ・フィルムを使うTodd-AOシステム・・・そして、上映は70mm6トラック立体音響! 但し、70mmが上映が出来ない映画館には35mm版をリリース、というのは、他に選択肢がないので当然ですが。
ロバート・ワイズ監督にはウエスト・サイド・ストーリー(1961年):撮影は65mmネガのSuper Panvision 70での70mm映画砲艦サンパブロ(1966年):撮影は35mmネガのスコープサイズから上映用70mmにブローアップ、同じくブロー・アップ70mmのスター・トレック(1979年)といった作品があります。

また、スター!には、おそらく皆さんもご存じの『ランボー』シリーズで、シルベスター・スタローン扮するランボーの元上官トラウトマン大佐役のリチャード・クレンナ Richard Crenna も出ています。
私の映画鑑賞は、こういった共演者側から俳優たちの繋がりを見ていくのも楽しみのひとつです。ランボーの1作目で、ランボーに好意的な(憧れに近い)感情を持つ地元警察の若い警官ミッチ・・・テレビのCSI:マイアミホレイショ警部補役のデビッド・カルーソ・・・なんて感じです。 但し、それも2回、3回と見ないと気付かないこともあり、これが出来ない入れ替え制が、私の映画鑑賞の大きなネックとなっています。欲張りですからね。(笑)

【ジュリーって、ほんとに楽しく面白い!】Julie is really funny.
※Julie is really funny H700
  ※いろんな場面から切り取ったジュリーの踊り・・・まったく違う曲に差し替えたイタズラが見事にシンクロ!
   アバ ABBA ダンシング・クイーン Dancing Queen ジュリーのダンスでご覧下さい。

さて、コメディも大丈夫なジュリー・アンドリュース、そしてコメディ映画と言えば、忘れてならないのがブレイク・エドワーズ監督 ・・・ジュリーの旦那さんです。
前回少し触れましたが、ブレイク・エドワーズ監督はジュリーと1969年に結婚(二人ともに再婚)、彼の死が二人を別つまでの41年間、ハリウッド映画界のベストカップルと言われていました。それまでのジュリーのコメディエンヌぶり・・・と、ブレイク・エドワーズ監督の抱腹絶倒の映画の数々、きっと運命の出会いだったのでしょうね。
ジュリーにとって、ブレイク・エドワーズ監督作品への最初の出演は、映画の製作中に結婚したことから『暁の出撃』(1970年公開)となりました。
なお、音楽について・・・ 以下の映画の音楽は、すべてヘンリー・マンシーニが担当しました。本当にいい曲を書きますね。そして、監督ともいいコンビでしたね。

暁の出撃 Darling Lili】(ブレイク・エドワーズ監督 1970年公開 パラマウント映画)
※H700 Darling-Lili-Blake Edwards for net
この映画は興行的にうまくいきませんでしたが、ヘンリー・マンシーニの音楽等、素晴らしいものがたくさんありました。中でもジュリーが歌う主題歌の "Whistling Away The Dark"
(邦題:暗闇にさようなら
は、私のお気に入りの一曲です。
ところで、『暗闇にさようなら』の映像・・・意識しないと気付かないかも知れませんが、このシーンは、一曲分がそっくりそのまま連続した映像として撮影されました。即ち、歌の初めから終わりまで編集が不要だったのです。 舞台上のジュリーの動きを捉えるカメラや照明は勿論、すべてに入念なリハーサルが行われたことがうかがえます。
通常、歌のシーンでは、途中で何回も画面が切り替わります。これは数台のカメラを使って撮影したフィルムから、アップや動きを捉えた引きの部分を必要に応じて編集したり、(テレビの歌番組では、歌手の表情や全体の雰囲気を伝えたり、映像にメリハリを付けるため頻繁に使われますね。)また、狙ったイメージごとに細かく分けて撮影し、歌の進行に同期させて滑らかで自然な流れになるように編集します。 しかし、ここではスポットライトに浮かぶジュリー、シルエット、アップと引き・・・これらを一度に、しかも見事な映像として撮影した例としてご紹介しました。
(撮影監督はラッセル・ハーラン Russell Harlan です。)  勿論、ブロードウェイで培ったジュリーの歌と踊りがあったからこそ、美しい流れの素敵な映像に仕上がったのです。

【この映画がヒットしなかった理由のひとつを私はこう思っています。サウンド・オブ・ミュージックは、当時の時代背景から全体として、ドイツに敵対するスタンスで描かれました。一方、この映画、時代背景は同じでも、ジュリーはドイツ側のスパイ! 
しかも、
ジャイアンツ Giant(エリザベス・テイラー、ジェームス・ディーン出演 、監督の
ジョージ・スティーブンソンはこの映画でアカデミー賞監督賞を受賞 1956年公開)等で、誇り高い人間像が定着していたロック・ハドソンを欺く、といった流れがジュリーのイメージと繋がらなかったのでは・・・。(この点はチャールズ・ブロンソンのウェスタンでヘンリー・フォンダの悪役への起用に通じるかも知れませんね。) 前号で触れたヒッチコック監督のスパイアクション引き裂かれたカーテン(同年のユニバーサル・ピクチャーズでは稼ぎ頭の作品)のように、冷戦時代のスパイ活動に巻き込まれてしまったジュリーとは、かなり異なります。勿論、ジュリーの歌や踊りは、ストーリー展開と切り離してそれ自体が楽しめますよ。
では、ブレイク・エドワーズ監督の作品をもう少しご紹介しましょう。

ビクター/ビクトリア  Victor Victoria】(ブレイク・エドワーズ監督 1982年公開 MGM映画)
※ H700Victor Victoria for net julie-andrews--
写真でもお分かりのように、ジュリーは男性のビクターと女性ビクトリアを演じています。これがこのミュージカルの面白さで、映画版では気の合うジェームズ・ガーナーと二度目の共演です。ひょうきんな二人が揃って、しかもジュリーの旦那さんブレイク・エドワーズが監督・・・やはりコメディの傑作になりました。 それに、ロバート・プレストンも加わった本当におかしくて楽しい映画! とにかく見てみましょうか!? 
    参考までに当時のポスターのキャッチコピーはこんなでした。(笑)
『ゲイの都パリで生まれた底抜けにおかしくて、とびきりゴージャスなビッグ・コメディ!』
     💛ゲイは身を助けるというけれど 私、とってもつらい !!  
          ・・・男性に化けたジュリーの心境・・・? それとも・・・?

ティファニーで朝食を  Breakfast at Tiffany's(ブレイク・エドワーズ監督 1961年パラマウント映画)
※H700 Breakfast at Tiffany's 01
有名な宝石店ティファニーの名が、日本で十分に知られていない当時、ティファニーが高級レストランだと思った人もいたようですね。
オープニングシーン・・・早朝、タクシーでティファニーの前に乗り付け、ショーウインドウを覗きながらデニッシュとコーヒーを立ち食いする上品過ぎるオードリー・・・そこに、笑いを誘うように『ティファニーで朝食を』のタイトルが現れます。オードリー・ヘップバーン扮するホリーの素性を暗示しているかのようです。でも、確かにタイトルそのままですね。
※このオープニングシーンの撮影や演技は、構図や動きも単純で簡単そうに見えますが、オードリーはミスを連発して大変だった
ようです。それには、納得の理由がありました。 人影のない早朝・・・朝帰りらしい雰囲気を漂わせているこのシーンの撮影は、
日曜日の早朝でした。しかし、 空が徐々に明るくなった撮影時にはカメラに写っては困る見物人が数百人も集まっており、 彼女は
この視線が気になっていたのです。ニューヨークでのロケ・・・他のシーンでも同様でした。
● Breakfast at Tiffany's 02
※『ティファニーで朝食を』と言えば、テーマソングの『ムーンリバー』・・・映画の中で実際にオードリーが歌っています。
作曲者のヘンリー・マンシーニは、オードリーのために特に作ったこの曲について、今まで多くのアレンジで演奏されてきたが、
やはりオードリーの歌ったものが、私には一番しっくり来て最高と述べていました。
ところが、公開に先立ち、打ち合わせ会議の席で
制作側幹部から、オードリーがムーンリバーを歌うシーンについて「こんなバカ
げた歌はカットするのが、まず最初だ」と言われたことにオードリーは立ち上がって「そんなことは絶対させません!」(Over
my dead body ! ・・・日本語のニュアンスとしては、私の目の黒いうちはそんなことは許さない!・・・という感じかしら。) と主張、
その結果、オードリーのギターの弾き語りシーン
が残ったのです。
このことは、後になってジョージ・ペパードが述べたものですが、この映画での彼も良かったですね。その後TVで放映された
特攻Aチーム』では、全く違った雰囲気のペパードに少々驚きながらも楽しめました。(笑)
では、ペパードが電話を借りようとオードリーと出会ったシーンを見てみましょう。勿論、伏線となるネコちゃんも登場します。

また、幼少の頃からバレリーナを目指してレッスンを続けていたオードリーは、ダンスも問題ありません。それにブロードウェイ
で活躍した実績もあります。マイ・フェア・レディでの歌はマーニ・ニクソンが吹き替え・・・なんてことは多くの人が知っている
かも知れませんが、オードリー自身の歌が最初のバージョンでした。一般公開用に吹き替えられてしまったようです。
  (後にレーザーディスクで、オードリー自身の歌声のマイ・フェア・レディも販売されていました。)
今回は、ジュリー・アンドリュースとブレイク・エドワーズ監督が中心ですから、『ローマの休日』でのアカデミー賞主演女優賞
女優としてのオードリー・ヘップバーンのお話しは、またの機会とさせて頂きますね。

     (では、おまけです:
 ティファニーで朝食をのラストシーン・・・ネコちゃん!ネコちゃん!・・・)

ピンクの豹~ピンク・パンサー(シリーズ)The Pink Panther 
     (ブレイク・エドワーズ監督 1961年~ユナイト映画)& (ショーン・レヴィ監督2006年、ハラルド・ズワルト監督2009年
※H700 524931
ピンクの豹(ピンク・パンサー)シリーズは人気のあるコメディで、そのルーツはサイレント映画時代のドタバタ喜劇そのものです。そして、ブレイク・エドワーズがずっと監督を続けていましたが、年齢面もありバトン・タッチとなりました。(途中で一部作品の監督が異なっていますが、8本にも及ぶシリーズはエドワーズが監督しました。)
ピーター・セラーズのクルーゾー警部、後のスティーブ・マーチンのクルーゾーも良かったですが、セラーズの何とも言えない雰囲気が、まさにクルーゾーにピッタリかと・・・。
それに、ヘンリー・マンシーニが作曲したこの映画のテーマソングも有名で、皆さんもおそらく一度は聴かれたことがあるのではないでしょうか。笑いのこみ上げる映画・・・説明で笑えるとなれば映画を見る必要もないことから、早々に切り上げますね。(笑)

グレートレース The Great Race(ブレイク・エドワーズ監督 1965年 ワーナー映画)
※ グレート・レース TheGreatRace - net ---
ピンク・パンサー同様、どこがどんな風におかしくて面白い、なんて説明は不要のコメディの大作です。いかにもお金が掛かっていそうな映画・・・本当に製作費は高額でしたが、米国だけでも製作費の2倍を稼ぎ出したヒット作となりました。
説明不要と言いながら、是非注目して頂きたいのは・・・あの手この手で悪さをするジャック・レモン扮するフェイト教授とピーター・フォークが演じる助手のマックス!・・・上下の写真の黒づくめのふたり(レモンは一人二役で某国ハプニック皇太子も演じました。)は 自業自得ながら度重なる痛々しい失敗・・・でも、なかなかめげません。まさに漫画の世界です。
このあたりはピンク・パンサーでも触れたサイレント映画!・・・しかも、これを超デラックスにした感じです。  その一部をYouTubeでご覧下さい。青紫アンダーライン部分をクリック)
※ H700 グレート・レース - Great Race, The_22 ---
最初の写真に有名なパイ投げ合戦のシーンがあります。このシーンで使われたパイは本物ですから、口に入っても美味しい!・・・しかし、二役のため?他の俳優の倍ほどのパイを投げつけられて、ノックアウトしたジャック・レモンは、1個のパイでも君の顔に当たれば1トンのセメントほどの衝撃に感じるよ、と言っていました。ナタリー・ウッドは彼女の空いた口をパイが直撃・・・あわや窒息という事態に・・・。また、パイが飛び交う中で、ひとりだけ無事に見えるトニー・カーティスも、実際にはとばっちりを受ける都度、これを想定して用意した服に何回も着替えたそうです。

そして、このパイ投げ合戦もいよいよ終盤、エドワーズ監督の声がかかった。『カット!』満を持してこの時を待っていた出演者たちが、監督に内緒で隠していた数百個のパイを取り出し、エドワーズ監督めがけて一斉に集中砲火を浴びせました。
パイ投げシーンの撮影終了後、記念写真よろしく収まったサングラス姿のエドワード監督、その後の事態を知る由もありません。(笑)
なお、出演者たちの逆襲の証拠が下の写真です。でも、監督の顔が見えている内に、もう一枚記念写真を・・・。(何を悠長なことを!)
※ The Great Race Pie Fight  03
※パイ投げ合戦をメインにおまけを組んでみました。ジャック・レモンをはじめとする彼らの笑い転げるような演技は、ブレイク・エドワーズ監督がお手本を示している? じゃあ、その面白さはエドワーズ監督そのものということ? う~ん、分かるなあ。
なお、金曜日から撮影を開始し、週末を挟んだ月曜日にはパイの生クリームなどが腐って、セットには強烈な悪臭が充満! この匂いを追い出すために大型送風機を併用しての大掃除、大変だったそうです。想像するだけで・・・逃げ出したくなりますね。

私はこのグレートレースを半世紀も前に、70mmの大画面で見ました。そして、最近BS放送で久々に見たこともあり、当時をなつかしく思い出すことが出来ました。勿論、今見ても、そのおかしさには新鮮さを感じるほどでした。 この半世紀、テレビや映画でいろんなバラエティ番組やコメディ映画を見て来て思ったことがあります。 グレートレースやピンク・パンサーをはじめ、ブレイク・エドワーズ監督の作品が、その後の映画やテレビ番組の制作に大きな影響を与えたのは間違いないと! 
 

※ちなみに、グレートレースは"Panavision 35mm" カメラにアナモフィックレンズを装着(横を2分の1に圧縮)して撮影、これから35mm(上映時に横を2倍に拡大する)と70mm(ブローアップ版)のプリントを作っています。当時、私が見たのは後者の70mmです。 そして、半世紀を経た映像・・・デジタル処理で色彩を復元したかとは思いますが、カラー手法はTechnicolor ! その発色の素晴らしさによって、フィルム時代にはディズニーのほとんどの漫画映画に採用されていたものです。もし、タイトル等でテクニカラー(Technicolor)と表示された映画・・・製作費はアップしますが、色の再現性は大変優れていたと思います。また、機会があればフィルム時代の興味深い技術もお話ししたいですね。
なお、ブレイク・エドワーズ監督作品には、歌でもヒットした『酒とバラの日々』(Days of Wine and Roses 1963年 日本公開・・・主演:ジャック・レモン)や『ブラインド・デート』(Blind Date 1987年公開・・・主演:ブルース・ウィリス、キム・ベイシンガー)などがあります。音楽は・・・勿論、ヘンリ・マンシーニです。
下は、ヘンリー・マンシーニ亡きあと、20年前のヘンリー・マンシーニ・オーケストラのコンサート・リーフレットです。
ヘンリー・マンシーニ Henry Mancini Orchestra 20年前
さて、今回はちょっとばかり長いお話しとなりましたが、忙しい?私の仕事にこの数日間、ホッと出来る余暇が取れましたので、このブログの更新に向けて一気に頑張ってみました。元より映画好きなことから、他愛もないことも含めた情報や知識は・・・溢れるほど!?  でも、数万点もある映画関係の画像の中から選択して組合せする作業・・・楽しいけれど結構大変です。従って、毎晩のようにパソコン内の映画タイトル別、俳優別の画像ファイルから、皆さんに紹介したいものを少しずつ組み合わせて、必要に応じてコメントを打ち込んでいるのです。(コメントに英語が多い? 外国からのアクセスも多いようで・・・日本語が分からなくても、写真とコメントならばジョークもOKということですから、どうぞご了承下さい。)
  ➡  (以前このように書きましたが、私の受け止め方が少々違っていましたので、訂正します。・・・ 優秀な翻訳ソフトがあるので日本語の本文は分かるものの、写真のコメントは翻訳不可とのことですね。)(笑)

どうぞ、これからもご来訪下さい。
 (そういえば、ここしばらく愛犬ボルゾイのレオン君を忘れていましたね。)