ブローアップ70mm映画の第4弾はインディ・ジョーンズ・シリーズから1作目『レイダース 失われたアーク』と2作目の『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』、 もうひとつが『地獄の黙示録』です。 この頃までにはカラーフィルムの品質向上が一層進んでおり、 音響効果面を考慮した大スクリーン向けに35mmネガからのブローアップ70mmも定着していました。  その一方で、一般家庭でのビデオによる映画鑑賞や大型映画館のシネコンへの移行が進み、さらにデジタル音響の導入が追い打ち! 70mm映画の優位性は徐々に崩れはじめました。1990年代後半には、本家米国でも70mmプリントはほとんど製作されなくなり、インディ・ジョーンズも4作目の『クリスタル・スカルの王国』は35mmプリントとデジタルでの上映となりました。勿論、フィルム版もデジタル音響が可能でした。 
 

実は、 今回このシリーズ4作品をまとめて掲載する予定でしたが、 特撮シーンのトリヴィアや写真が多くなり過ぎたことから『最後の聖戦』『クリスタル・スカルの王国』は次回掲載としました。 そして、 代わりに追加したのが、 以前から予告していた『地獄の黙示録』です。
では、どうぞゆっくりご覧下さい。

【レイダース 失われたアーク《聖櫃》】"Raiders of the Lost Ark" (1981年)
スティーヴン・スピルバーグジョージ・ルーカス (製作総指揮)はこのシリーズ4作品でコンビを組みました。
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シリーズ第1作『レイダース 失われたアーク』は、『スターウォーズ(エピソードⅣ)』のハン・ソロ役で人気スターとなったハリソン・フォード演じる考古学者インディ・ジョーンズのアドベンチャー映画・・・言わずと知れた傑作のため、ここではやはりトリヴィアを中心に進めていきます。  
 

主人公の名前が「インディ・ジョーンズ」となった訳 ・・・ 原作者のジョージ・ルーカスはスティーブ・マックイーンの『ネバダ・スミス』に触発され、 インディアナ・スミスを考えていました。 しかし、 監督のスピルバーグはスミス(一般的過ぎ?)よりジョーンズの方がピッタリすると考え、 結果「インディアナ・ジョーンズ」👈となりました。
また、 その名は当時 ジョージ・ルーカス夫妻が飼っていたマラミュートの名前でもありました。 犬の名前だった!?
01-Raiders of the Lost Ark (1981) 1
・ハリソン・フォードは、巨大な玉石に10回も追いかけられました👈。  そのシーンのために、5つの違ったアングルから2回ずつ撮影することになっていたからです。彼が途中でつまづいたのは想定外でしたが、かえって本当らしくなったことからNGにはなりなせんでした。(上の👈をクリックして確認して下さい。)
・この映画を象徴するような巨大玉石はガラス繊維で作られ、直径は7m程、重さは130kgを超えていました。 
・サウンド・デザイナーのベン・バートは、この巨大玉石の転がる音づくりには苦労しました。彼とそのクルーは、実際に丘から転がした音も録りましたが、それは求めている音ではありませんでした。 しかし、堤防の砂利道をニュートラルで惰性走行中のホンダ・シビックのタイヤから聞こえる音に気付き、エンジンから離れた後輪の音からそのサウンド作りました。私が影響を受けてきた音づくりの専門家のひとり ベン・バートから他にもいろんな苦労話が聞けますよ。👈 とは言え、聖櫃のふたを開けるシーンの音が、彼の自宅トイレの水槽のふたを開ける音だった・・・なんて。 (笑)
 

・脚本家のメリッサ・マシスンはこの映画のロケ現場に、 後に夫となるハリソン・フォードを訪ねて来ていました。
そして、彼女は撮影の合間をぬってスピルバーグ監督から聞いた構想を基にして『E.T.』の脚本を書き、『E.T.』(1982年) の Associate Producer も務めました。
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半月刀をもった黒装束の男との対決・・・当然のようにインディは鞭!と思いきや、 あっ気なくピストルで男を倒しました👈。台本と異なるこのシーンには訳があったのです。
・この対決シーンは、 インディが鞭で相手の刀を取り上げることになっているのに、 なかなかうまくいきません。 その訳は、スピルバーグ監督を除き、ハリソンらキャストとクルーのほぼ全員が食中毒にかかり、 ハードな演技が困難だったからです。 やむなくハリソンは、 スピルバーグ監督にピストルで撃ったらどうかと提案し、これが採用されて思わず笑えるシーンになったのです。 ところで、スピルバーグ監督が食中毒を回避できたのはなぜ? ・・・チュニジアのロケ中、 彼が山ほど持って来ていた缶詰のスパゲッティだけを食ベていたからと考えられています。さすがに監督! 下調べがしっかりしていましたね。 
  (NG等を含め、使われなかったシーン👈がいっぱいあります。こちらもクリックをどうぞ。)

インディ・ジョーンズ・シリーズには、必ずが登場👈します。  こんなにたくさんの蛇をよく集めたものだと感心しますが、出演者もスタッフも大変でした。 ロンドンやイングランド南部のペットシップから買いあさった数では全く足りず、スピルバーグ監督は足のない種類のトカゲやホースを切って本物の蛇の中に紛れ込ませました。(よ~く見ると分かります。) 
・撮影中に助監督のデビッド・トムリンはパイソンに手を噛まれました。 しかし、蛇は噛んだ手を放しません。 デビッドは冷静にスタッフの誰かに蛇のしっぽをつかんでムチのように波打ってくれと頼み、 スタッフがそうすると蛇は噛んでいた手を放しました。デビッドは手当てを受けたが、 蛇は無傷・・・この蛇は撮影に必要だった!? 
 
・撮影中にコブラに噛まれたパイソンが1匹死にました。 しかし、 ハリソンやカレンの周りに配置された蛇に毒蛇はいませんでした。では、 彼らにかま首をもたげたコブラはのシーンは合成? いいえ、 コブラと彼らの間は透明のプラスティック板で隔てられていました。でも、 怒ったコブラが毒液を吹き付けた時はドキッとしたでしょうね。 
 

・カレンがたいまつで足元の蛇を追い払うシーンでは、さすがにカレンのスタント担当もこれを拒みました。
その結果、足元だけのシーンとして、蛇使いのスティーブン・エッジ(男性)が足の毛を剃ってスカートで撮影に臨むことになりました。(笑)  蛇使いの話では、 映画のインディと違いハリソン・フォード(
スピルバーグ監督も) は蛇を怖がらなかったとのことです。そうでしょうね。仮にふたりが蛇を怖がっていたならば、大監督と大スター ! こんなシーンは拒めますから。 とは言うものの、スピルバーグ監督は後に、『魂の井戸』"the Well of Souls" の準備作業中、数千匹のヘビがうごめいているのを見て、吐き気がしたことを明かしています。(笑)
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・黄金像の後ろ姿 ・・・ NHKのチコちゃん!が特別出演してたのかって思ってた。だから、 上の写真のコメントに『うまく出来なかったら、 チコちゃんに叱られる!』って書いたけれど ・・・ それって・・・あるかもよ、 インディ! 
 
スタントマンをあまり使わないことで知られたハリソン・フォードも、さすがに危険過ぎるシーンではスタントの専門家にまかせることになります。 そんなシーンでは上の写真の通り、 体形や雰囲気の似たヴィック・アームストロング(写真)をはじめ、 トラックに引っ張られるテリー・レナード👈、落下シーンのマーチン・グレイスの3人がハリソン・フォードのスタントを務めました。これらのシーンの多くは昔の西部劇に触発されたものです。なお、トラックの下をくぐり抜けるシーンでは、特別に最低地上高を高くしたトラックと共に道路の中央部を掘り下げることで、テリー・レナードの安全を確保しました。
・もうひとつの安全対策として、このシーンは毎秒20コマ(標準は24コマ/秒)で撮影されたので、トラックは実際より速く見えます。それでも、テリーからバトンタッチして引きずられたハリソン・フォードは肋骨を痛めてしまいました。映画のメイキング・シーンのダイジェストも見てみましょう。👈 
・フォード担当のスタントマン3人は、 これらのトラックシーンではドイツ兵の運転手やトラックにぶら下がって転落するシーンでバッチリ写っています。 編集という魔術は ・・・楽しい。 
 

・こういったスタント・シーンでは、どんな激しいアクションでも
インディの帽子は脱げません。仮に脱げたら ・・・ カット! もう一度!となりました。ハリソンでないことがバレてしまうからです。 (笑) (スタント!👈)
ちなみに、インディのトレードマークとなった帽子のつばは、ハリソン・フォードの目の保護とスタントシーンでスタントマンの顔を隠せるようにデザインしてあります。  
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上の写真のインディがパンツァーファウストを構えたシーンで、 見上げるポール・フリーマンのハエが忍び寄り、その後飲み込まれてしまった👈というのです。
・ハエを見つけたイタズラ坊主のスピルバーグ監督は、ハエが飛び去る部分の数コマをカットあたかもポール・フリーマンの口にハエが吸い込まれたように編集したのです。 当時の人々は、ここでビデオデッキの一時停止やスロー再生ボタンを押したくなったとのこと。・・・ 確かに!
・ハイル・ヒトラーの声に合わせて猿が右手を挙げるシーンには、 50回程の挑戦が必要でした。数秒にもならない映像ながら試行錯誤を繰り返し、 猿の上部にブドウを吊るして上下させ、 これに手を伸ばす絶妙なタイミング ・・・やっと撮れました。

・映画のクライマックスで、『
霊』が流れるように飛ぶ優雅なシーン
👈は、 棒に取り付けた人形を水中で動かし、 ファジーレンズを通してスローモーションで撮った映像と舞妓のように白く化粧したモデル、 グレタ・ヒックスの映像から作られましたそして、 最後にがい骨にオーバーラップして恐怖のシーンに変わりますが、 幻想的で印象に残るシーンとなりました。
 

この映画は、 インディ・ジョーンズ・シリーズの始まりとなる1981年最大のヒット作品となりました。なお、 当初この映画のタイトルにインディ・ジョーンズの名前はありませんでした。そして、2作目の魔宮の伝説からタイトルの頭にインディ・ジョーンズが付きました。  
※※では、ここで『インディ・ジョーンズ・シリーズ』4部作のトリヴィアの一部をご覧頂きましょう。👈
 
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【インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説※トリヴィア映像を先に見ますか?👆
Indiana Jones and the Temple of Doom👈 (1984年) スティーヴン・スピルバーグ監督作品
 

この映画は、初回公開にあたり、これまでの最多となる240本以上の70mmプリントが製作されました。私が当時見た70mmでの上映は、その中の1本だったのですね。
ところで、この映画は当初 "Indiana Jones and the Temple of Death" ・・・敢えて訳せば『インディ・ジョーンズ 死を呼ぶ神殿 (死の神殿)』というタイトルを予定していましたが、悪いことが起きそうな展開をあまりにもストレートに予感させるため、少し抑え気味にして『(悪いことが起こりそうな) 運命の神殿』に変えました。邦題の雰囲気もいいですね。
・ケイトが演じるウィリーの名は、 当時スピルバーグ監督が飼っていた犬の名前から取りました。またしても犬?!
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主演女優のケイト・キャプショーは、この映画の公開から7年後(1991年)にスピルバーグ監督と結婚し、現在に至ります。一方のハリソン・フォードは『アリー My Love』で人気者になったキャリスタ・フロックハートと2010年に結婚しています。この女優さんたちは・・・コメディも難なくこなしますね!
なお、 ケイト扮するウィリーはこの映画で71回絶叫したとのことですが、その後のケイトの喉の調子はどうだったのでしょうか?  それにしても、絶叫の回数なんて、一体だれが数えたの?
細かいことが気になるのが悪い癖の私・・・ でも、 私ではありません。・・・数えてみようとは思っていますが ・・・。

・ケイト・キャプショウは昆虫の部屋で、2000匹以上の本物の昆虫に覆われました。 彼女はその恐怖に打ち勝つため鎮静剤を飲んで撮影に臨みました。それにしても、昆虫の数なんて、 一体だれが数えたの? ・・・またかよ! 
 
・インディたちが単発飛行機からパラシュート代わりの救命ボートで脱出するシーンは、米国アイダホ州のツインフォールズのスネークリバー・キャニオンで撮られた背景を使いました。   ここでもミニチュアの飛行機が実物と思えるほど見事に撮れていました。燃料切れで墜落する途中に車輪が岩肌に接触、雪を巻き上げるという細かい描写も特撮に一層現実味を与えました。 (燃料切れの墜落で爆発炎上?細かいことが気になる・・・まっ、いいか。) 
 
【テレビのクイズ番組にも影響を与えたトロッコチェイス!】アニメと同じ『コマ撮り』手法
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トロッコでの追跡シーンのトンネルは、塗装したアルミホイルで作られたミニチュアセットでした。 しかし、 ここに登場するミニチュアトロッコには35mm撮影機なんて積めません。そこで、35mmスティルカメラに特殊な長尺マガジンを取り付けて、 アニメーションのコマ撮り手法での撮影となりました。使用したスティルカメラは、モータードライブ (MD-4) を付けたお馴染みの "Nikon F3" でした。では、完成したシーンを見て頂きましょう。👈
・このシーンでのトロッコの走行音は、ディズニーランドのジェットコースターに乗って録った音です。
・トロッコに絡むシーンの撮影は、 ミニチュアを使うことが多かったとは言え、 当然実写もありました。悪者との戦いでショート・ラウンドが敵を叩いた棒切れが折れ、 その切れ端が運悪くケイトを直撃! 目の下に青あざを作ってしまいました。 翌日、ケイトから仕事に向うとの連絡を受けたセットの仲間たちは、みんな目の下に黒いあざのような化粧をしていました。
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この映画は、当初インドでのロケを計画していましたが、 映画の内容がインドの文化を反映していないことを恐れたインド政府が許可を出さず、結果として撮影はスリランカで行われました。そのいくつかは、1957年公開の『戦場に架ける橋』で使われた場所でした。
 (なお、「スリランカ」は1972年まで「セイロン」と呼ばれていました。)
また、原案ではインディたちの「万里の長城」でのバイクチェイスも予定していましたが、こちらも中国政府から拒否されていました。さすがに世界遺産でのバイク暴走?は無理!
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ロケ地がスリランカに変わったことで、幸運なこともありました。それは、クライマックスに登場する吊り橋の設置に関係します。ロケ地となったキャンディの町の近くでは、英国の建設会社がダムを建設中でした。 そして 吊り橋での撮影が迫る中、 建設会社の技術者がこれに協力してくれることになったのです。すると、あっという間に設計してテキバキと吊り橋を架けてくれたのです。彼らにとって、ダムの建設に比べれば人が渡れるだけの吊り橋など ・・・ 簡単だったのかも知れませんね。 
・いいえ! 吊り橋の完成まで4週間かかったので簡単だったとも言えません。実はこの吊り橋は、鋼鉄と丈夫なケーブルで安全な構造物として造られました。 そして、その後吊り橋がいかにも不安定で渡るのが危険に思えるように、その上からロープや木材で偽装したのです。
 ・上の吊り橋が切れるシーンは本物の吊り橋ではありません。現場から6〜7km離れた場所で撮られたスタント・コーディネータのヴィック・アームストロングが率いるスタントマンたちによるものです。 
 
さあ 撮影!そうは言っても、この高さで揺れる吊り橋を渡るのは恐怖を覚えます。そこで、プロデューサーのジョージ・ルーカスやスピルバーグ監督も出演者の気持ちを味わうことにしました。 但し、 上のふたりの写真が撮影前に撮られたのか後なのかは定かではありません。
恐怖の吊り橋のシーン ・・・ウィリーやショート・ラウンドは別として、ハリソン・フォードや彼のスタント担当ヴィック・アームストロングはじめみんな手放しの演技! 片やルーカスとスピルバーグは共にしっかり吊り橋のロープを握っているように見えますね。 (笑) 
  
・ハリソン・フォードがパンコット宮殿の寝室で暗殺者に襲われるシーンで敵を投げ飛ばした時、彼は背骨を傷めてしまいました。しかし、椎間板ヘルニアの手術のためロサンゼルスに運ばれた後でも、多くのアクションシーンの撮影が続行されました。そうです! ここで頑張ったのがスタントのヴィック・アームストロングでした。当時のヴィックは、 体形は勿論、 顔も大変よく似ていたので、 特別に注意することなく撮影を終えることが出来ました。
なお、復帰したフォードはクローズアップのシーンを改めて撮影、ヴィックのシーンにこれらを挿入しました。
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邪悪な教団の司祭モラ・ラム役のアムリーシュ・プリーはこの映画への出演によって、インドでは悪役として一層有名な俳優になりました。 彼はこの2年前に『ガンジー』に出ています。
 

ところで、インディ・ジョーンズ・シリーズは、ジョージ・ルーカスのスター・ウォーズ・シリーズに見られるような時系列の逆転があります。 インディ・ジョーンズ・シリーズの時代背景順では、1935年は『魔宮の伝説(1984公開)』、1936年は『失われたアーク(1981)』、1938年は『最後の聖戦 (1989)』、1957年は『クリスタル・スカルの王国 (2008)』です。
 インディ・ジョーンズのあとの2作品! 掲載は次回ですが、トリヴィア ・・・ どうぞご期待を。 
 

なお、インディ・ジョーンズに続いて地獄の黙示録 ・・・ これには少なからず理由があります。元々、地獄の黙示録の映画化にはジョージ・ルーカスが絡んでおり、監督もルーカスがあたる可能性があったのです。  しかし、 彼はスター・ウォーズを選択し、コッポラにこの企画を譲りました。そして、コッポラは大変な苦労を背負い込むことになってしまいました。最後には報われますが・・・。もし、これをルーカスが撮っていたらどんな映画になった?という私の興味もあったのです。
 
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地獄の黙示録👈Apocalypse Now (1979年)フランシス・フォード・コッポラ監督作品
ベトナム戦争を描いたこの映画も公開から40年を経て、おそらく見ていない人も多いことでしょう。今も世界のどこかで戦争や内戦での狂気が続いているのをことを考えると、特に若い人たちに見てもらいたい映画のひとつだと思います。この映画への評価はいろんな見方があり分かれましたが、私は、この映画から気付かされる終わることのない『恐怖の連鎖』の描き方に注目しました。そして、これは現代のいじめ! 特に弱い者に対する卑劣な行為に通じるものと思っています。これについては、最後に少し触れることにします。 
 

・フランシス・ フォード・コッポラは、『地獄の黙示録』『ゴッドファーザー・シリーズ (1972年~)』『カンバセーション・・・盗聴・・・(1973年)』等での監督・脚本をはじめ、『パリは燃えているか (1966年)』『パットン大戦車軍団 (1970年)』『華麗なるギャツビー (1974年)』では脚本を、『アメリカン・グラフィティ(1973年)』『影武者』では製作者に名を連ねていました。
・『地獄の黙示録』と『カンバーセーション・・・盗聴・・・』は共にカンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドール賞を獲得しました。 (日本映画の受賞作:『万引き家族』(2018年 是枝裕和監督)、『うなぎ』(1997年 今村昌平監督)、『楢山節考』(1983年 今村昌平監督)、『影武者』(1980年 黒沢明監督)、『地獄門』(1954年 衣笠貞之助監督)5作品)
 
・ニコラス・ケイジ 【コン・エア (1997年)】【フェイス/オフ (1998年)】はコッポラ監督の甥で、【ゴッドファーザー・シリーズ (1972年~)】でのヴィトー・コルレオーネの末娘、【ロッキー・シリーズ (1976年~)】ではロッキーの恋人エイドリアンなど重要な役を担ったタリア・シャイアは、コッポラ監督の妹です。

地獄の黙示録 Apocalypse now (1979)
・ハリソン・フォードは、この映画で自分の役名を決めることが出来ました。 そこで、コッポラが製作して、 自らも出演した『アメリカン・グラフィティ』(1973年公開) の監督ジョージ・ルーカスに敬意を払い ジョージ・ルーカス大佐としました。 また、ハリソン・フォードのウィラード大尉も検討されましたが、『スター・ウォーズ』への出演もあり、 彼のウィラードは実現しませんでした。
・マーチン・シーンが演じる「ベンジャミン・ウィラード」の名前の由来は、ハリソン・フォードのふたりの息子、 ベンジャミンとウィラードを組み合わせたものです。(今度こそ、犬の名前ではありませんでした。)
 
・「地獄の黙示録」と「スター・ウォーズ(エピソードⅣ 新たなる希望)」は同じ頃に製作を開始しましたが、 前者は完成までに3年を要したため公開は『スター・ウォーズⅣ』の2年程後となりました。 
・アカデミー賞の音響賞(撮影賞も受賞)を獲得したこの映画ですが、現地で収録した音声はヘリコプターなどの騒音で使い物にならず、 アフレコ音源でウォルター・マーチはじめ音響スタッフが完成させました。 そして、効果音や音楽などを含めた優れたミキシング技術は、70mmフィルムでドルビー・ステレオ・サラウンド方式を成功させた最初の映画でした。 

【追記
   アナモフィック・レンズを装着したテクノビジョン(一部 Todd-AO 35)で撮影された  「地獄の黙示録」の35mmネガフィルムからのブローアップ70mmフィルムでの当時の上映には、ドルビー・ステレオ・サラウンド・システムが使われました。
 それまでも70mm映画は6本の磁気トラックを持っていました。 大劇場ではスクリーンの裏に5本のスピーカーがあり、センター・スピーカー両脇に追加した2本は低音補強用にもなりました。 しかし、後に70mm映画館ではスクリーン裏の左・中央・右の3本のスピーカーとサラウンド用に計4本の磁気トラックを使うのが一般的になりました。 そして、残りの2本の磁気トラックは、設備の整った映画館を対象に、サブウーファ専用の信号とサラウンド信号、あるいはデュアル・チャンネルとしてサラウンドを補強する、というオプションが用意されました。
(※磁気トラック・スプリット方式、と「風  共去さん」からからコメントを頂きました。感謝。)


 なお、これまで取り上げた70mm
作品は6本の磁気トラックが標準でしたが、各作品でそれがどのように使用されたかの資料が見つからないため、すべてに70mm(6-Track)と表記したことをご承知下さい。   

 ちなみに、それ以前に公開された「スター・ウォーズ」や「未知との遭遇」35mm版では、多チャンネル情報を2チャンネル化したステレオ音響からマトリックス(音声合成)回路でセンター用とサラウンド用の信号を取り出し、観客席の両側壁と後方壁に設置した複数のスピーカーを鳴らすドルビー・ステレオとして上映されました。70mm版ではディスクリート音響を6チャンネルに記録でき、一層低音とサラウンド効果が補強されたと言われています。映画の音響でのノイズリダクションとして登場していたドルビーNRとの相乗効果でダイナミックレンジが大幅に改善されたのは、想像に難くないですね。

 また、35mmフィルムでの4本の磁気トラックが利用できる映画では、3本はスクリーン裏の3本のスピーカー用に、残りの1本はサラウンド用に使われました。 しかし、 固いフィルムに塗布した磁気部分が再生ヘッド  (テープレコーダーの再生ヘッドと同様の仕組み)との接触で傷みやすく、音響的には優位ながらも間もなく消滅することになりました。 
  

・オープニングのヘリコプターの音は、 音楽に溶け込むようにシンセサイザーで作られました。  
・当時、 ロケ地のフィリピンには映画専門の現像所がなく、 撮影したフィルムは米国に送る必要がありました。
そのため、 コッポラ監督たちはロケ終了後、 カリフォルニアに戻ってからでなければそれらのシーンを見ることが出来ないという一発勝負の撮影でした。 そんな状況にもかかわらず、さすがにプロ!  撮影監督の
ヴィットリオ・ストラーロはアカデミー賞の撮影賞を受賞しました。ラストエンペラー The Last Emperor でも受賞しています。)
地獄の黙示録 Apocalypse now (1979)-2 ・当初、 サウンドトラックの音楽は、 冨田勲氏に彼の惑星をイメージして作曲を依頼しました。 しかし、この映画の配給会社がユナイテッド・アーティスツ、 一方の冨田勲はRCAとの契約があり断念せざるを得ませんでした。
・冨田勲に代わって音楽を担当したのは、コッポラ監督の父親カーマイン・コッポラです。そして、 印象的な"The End"の演奏は『ドアーズ』"The Doors"。👈 なお、 リードボーカルのジム・モリソンの父親は、 
皮肉にも米国海軍の有力な提督 ジョージ・S・モリソンでした。 
・この映画を代表するもうひとつの楽曲、 
ワーグナー作曲「ワルキューレの騎行」👈  をお聴き下さい。 
  
・コッポラ監督は、この映画の特殊音響に『大地震』や『ミッドウェイ』などで効果をあげた「センサラウンド・システム」の使用を望んでいましたが、このシステムを所有するユニバーサル・スタジオは、これを認めませんでした。それもあって70mmフィルムでのドルビー・ステレオ・サラウンド方式を採用したのでしょうね。
注:
センサラウンド』についての概要は、このブログでも触れています。クリックして参考にして下さい。👈) 
  
・後になって、 マーチン・シーンがコッポラ監督との会話で、 当時彼は泳ぐことが出来なかったため、 船に乗る多くのシーンはいつも怖かったと語りました。(仮に水泳が得意でも、蛇やワニなど何が襲ってくるか分からないことの方が、私にとってはもっと怖い!) 
 
・この映画のロケ中にマーチン・シーンは心臓発作を起こしました。 そして、 彼が復帰するまで彼の弟ジョー・エステヴェスが代役を務めました。 あなたが見たウィラード大尉の後ろ姿などはジョーかもしれませんね。 また、編集の困難さもあり、映画の完成まで長期間かかったことから、ウィラード大尉のナレーションに追加が必要になった時も多忙なマーチン・シーンに代わって、ジョーがナレーションを担当しました。 彼らは声は勿論、 外見も似ていたこともあり、ジョー・エステヴェスがクレジットされないままの公開となりました。
・撮影は、当初6週間の予定でしたが、結果として16ヶ月もかかりました。
地獄の黙示録 Apocalypse now (1979)-3
・ローレンス・フィッシュバーン(タイロン・ミラー役)は、後に『マトリックス・シリーズ』『ミッション:インポッシブルⅢ』『マン・オブ・スティール』等の他、TVの『CSI : 科学捜査班』で有名になりましたが、この映画の撮影開始の1976年当時14歳でした。彼は歳を偽って出演していたのです。
・デニス・ホッパー(フォトジャーナリスト役)は、 かつての端正な顔立ちなどからは想像できない雰囲気でした。 こんな変化は『イージー・ライダー』あたりからでしょうか?
・スコット・グレン(リチャード・コルビー中尉役)は、カーツ大佐の殺害のために任務についた後、行方不明になった亡霊のような役で、最終版ではひと言もセリフがなかった!? その後出演した『ライトスタッフ』(1983年)では冗談や無駄口の多いアラン・シェパード (米国で初の宇宙飛行に成功し、 後にアポロ14号の船長として月面に降り立った5人目の人物) として明るく登場し、『羊たちの沈黙 (1991年)』では、FBIの
ジャック・クロフォード主任捜査官として冷静沈着な役 ・・・ どんな役でもこなせますね。ショーン・コネリー主演『レッド・オクトーバーを追え!(1990年)』にも出ていました。ケヴィン・コスナーとの西部劇『シルバラード』もありました。
・地獄の黙示録/特別完全版(2002年日本版予告編)👈

【 映画から見える『いじめ』の構図 】これはあくまでも私見です。)
映画の最後、マーロン・ブランド扮するカーツ大佐がウィラードの山刀の攻撃を受け、死の直前につぶやきます。『・・・恐怖・・・恐怖だ 』👈 彼が部下やまわりの村人たちに与えていたと思われた恐怖心を自分自身も抱いていたのでしょう。 そして、日々見えない敵や自分の心に潜む恐怖心という敵に怯え、 極限状態の恐怖から逃れるため、一度は拘束したウィラード大尉を解放したのだと思います。カーツが彼に託したこととは自身の死、これを軍人ウィラード大尉に託したのです。 
 

これもカーツ大佐の言葉です。『恐怖・・・恐怖には顔がある。そして、君は恐怖と友だちになる必要がある。  ・・・恐怖と道徳観の破壊は君の友だちだ。もし、 そうでなければ、 その時、彼らは恐るべき敵になる。彼らは本当の敵なんだ。』 これは、人が恐れることや道徳的思考が破壊されてしまい、とても許されない狂気の行為がまわりの人をいかに弱くするかを言っているのだと思います。 これはまさにいじめの構図です。 その恐ろしい行為が自分に向かないように、自らもその行為に加担するのです。  時として弱い者を死に追いやります。   恐怖で自分の思うまま弱い者を操る・・・児童への虐待にも通じます。そして、その恐怖はいじめる側にも生じ始めます。いつか自分に歯向かう敵が現れるのではとの恐れが、さらに恐怖の行為を増大させていきます。ウィラード大尉がカーツ大佐を討った後、その姿を目の当たりにした周りの人々は、大ナタを捨てたウィラードに 歯向かうこともなく、武器を捨てて道を空けます。 この時、恐怖の連鎖・・・彼らにとっては逆らえない新たな恐怖が誕生したのです。 
 

しかし、この映画には救いがありました。
ウィラードは、群衆の中に
呆然とするランス(サム・ボトムス:サーフィンが得意な若者役)を見つけると、彼の手を引きボートに向かうラスト・シーン ・・・ カーツの創った狂気の王国に留まることなく、ウィラードは人間性を取り戻したかのように、この地を去って行くのです。 
(映画のエンド・クレジットには異なった解釈になりそうなふたつのバージョンがありますが、 これには触れないことにします。)
  
では、次回インディ・ジョーンズ第3作、 第4作でお会いしましょう。有難うございました。

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